今日も、明日も

実行委員会、鈴江俊郎です。
たくさんの反響や日々の思いを紹介しようと、ブログを書いていきます。今日も。明日も。

オンライン署名は、2022年2月5日をもって、ひとまず終了しました。
短期間に11,000名を超える皆さんからの賛同をいただいたことを、重く受け止めています。ありがとうございました。
2月10日、紙でいただいた署名とあわせて、この重みを福井県高文連演劇部会長 島田芳秀氏に手渡してまいりました。
2月11日の記事をどうぞお読みください。

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 福井の高校演劇から表現の自由を失わせないための『明日のハナコ』上演実行委員会
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ドラマリーディングの模様をyou tubeにて公開しています。
実行委員会の二人、玉村徹・鈴江俊郎の出演です。ぜひご覧ください。

台本、全国ツアーの様子などは実行委員会のウエブサイト
にて公開しています。
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下関の『明日のハナコ』・公演を終えて

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下関中等教育学校演劇部の顧問の先生から、メールをいただきました。許可を得て、ここに上演後の感想と写真を転載させていただきます。

「4月27日(土)に、無事公演を終えることができました。練習不足や未熟な部分もあった上演でしたが、観客の方に少しでも伝わるものになったように思います。観に来ていただいた方のアンケートから、いくつか感想を抜粋します。」
・芸術は自由な表現ができる、と思っていましたが、「明日のハナコ」のように封印されてしまうものもあると初めて知りました。こうしてこの公演を今見ることができるのは、色々な人が行動を起こしたからなんだろうな…と思いました。
・1月1日の震災のせいでこの台本は今、作られたときより、上演されたときより、もっと批評的ですね。
・心に響いた台詞がたくさんあった。上演することにすごく意味があると思います。
・明日について考えさせられる素敵な劇だなと思いながら見ました。少しでも未来を変えようとする2人のように、私も未来について考えてみようと思います。

役者同士のやりとりを「台詞のキャッチボール」なんて言いますが、舞台は、それを作る側とお客さんとのキャッチボールでもあります。こちらが投げたボールが、こんなふうな感想として投げ返されたということが本当に素晴らしいと思います。言葉には言葉を、アクションにはアクションですから。


と、ここで僕も、思いっきり遠くにボールを投げてみようと思います。ほら、このへんからまた長くなるぞ~(^^ゞ)

小磯國昭(こいそくにあき)という人がいました。1880年〈明治13年〉に生まれて1950年に亡くなっています。若い人は知らないかしら。以下はウィキペディアからの引用になります。
小磯國昭は日本の陸軍軍人で政治家。戦前から戦中にかけて活躍。陸軍次官、関東軍参謀長、朝鮮軍司令官を歴任後、平沼内閣と米内内閣で拓務大臣、朝鮮総督(第8代)を務め、太平洋戦争中にサイパン失陥を受け辞職した東條英機の後継として1944年(昭和19年)に内閣総理大臣に就任した。悪化の一途をたどる戦局の挽回を果たせず、中華民国との単独和平交渉も頓挫し、小磯は1945年(昭和20年)4月に辞任し鈴木貫太郎に後を譲った。
戦後、戦争犯罪人として逮捕され、1948年に極東国際軍事裁判で終身禁錮刑となる。1950年、巣鴨拘置所内で食道癌により死去。享年70。
こらこらそこの人。飛ばし読みしないように。戦争なんて昔の話だ、なんて思ってたらダメですぞ。「歴史は繰り返さないけれど韻を踏む」って磯田道史先生もおっしゃってます。過去の出来事は姿を変えて未来にまた現れてくるもんなんです。

小磯という人は要するに、かつて軍事・政治の面で日本の舵取りをした人たちの一人、ということになります。早い話が、日本という車の運転手だった。そして、その日本という車は大事故を起こしました。太平洋戦争です。このとき、その車の乗客(日本人)のうち約310万人が亡くなりました。悲しいことです。
でももっと悲しいことは、この車がとんでもない数の人をひき殺してしまったということです。正確な数字は集計方法で変わってくるみたいですが、たとえば中国人の犠牲者数は軍人と民間人を合計すると実に2,400万人に達するそうです。フィリピンやマレーシア、インドネシアでもたくさんの人がこの車に「ひき殺されて」います。

すごい数字です。
あの悪名高いナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺だって600万人くらいと言われています。連日報道されているイスラエルによるガザ地区爆撃だって数万人です。人の命は数の問題じゃないとは思いますが、もうなんというか、ケタが違う。私ら、歴史に残る大量虐殺をやっちまった国民なんです。

さて戦後、小磯は軍事裁判にかけられます。
検察官が問い詰めます。
「あなたは1931年(昭和6年)の三月事件に反対し、あなたはまた満州事変の勃発を阻止しようとし、またさらにあなたは中国における日本の冒険に反対し、さらにあなたは三国同盟にも反対し、またあなたは米国に対する戦争に突入せることに反対を表し、さらにあなたが首相であったときにシナ事件の解決に努めた。けれども、すべてにおいてあなたの努力は見事に粉砕されて、かつあなたの思想及びあなたの希望が実現されることを阻まれてしまったということを述べておりますけれども、もしあなたがほんとうに良心的にこれらの事件、これらの政策というものに不同意であり、そして実際にこれらに対して反対をしておったならば、なぜにあなたは次から次へと政府部内において重要な地位を占めることをあなた自身が受け入れ、、そうして、自分では一生懸命に反対したと言っておられるところの、これらの非常に重要な事項の指導者の一人とみずからなってしまったのでしょうか」

これに対して小磯が答えます。
「われわれ日本人の行き方として、自分の意見は意見、議論は議論といたしまして、国策がいやしくも決定せられました以上、我々はその国策に従って努力するというのがわれわれに課せられた従来の慣習であり、また尊重せらるる行き方であります」

これ、一国の指導者の言葉です。

決められたことには従わなくちゃいけない。それを誰が決めたかなんてことは問題ではない。それが正しいかなんてことも問題ではない。和を乱すな。人に迷惑をかけるな。空気を読め。そういう考えがこの国には根深く存在しています。今だってそうです。政治家の多くは間違ったことをしても責任をとりません。会計担当の秘書がやったのだとか、昔からの慣例で続けていただけだとか、いろいろ言い訳はするのですが、「よしわかった、おれが悪かったんだ。すまん」という声を聞いたことがない。
これは、そんな政治家たちの面の皮が戦車の装甲板なみに分厚いということもあるのかも知れませんが、もしかしたら小磯のように、「悪いことをしたとは思っていない」「みんなが悪かったので、自分はその流れに従っただけだ」と思っているのかも知れません。だからそもそも「責任をとる」という概念がない。

流れに流されているだけの人は、自分の意思で行動しているわけではないので、その行動に責任をとる気持ちもありません。クラスでイジメがあった。教科書を隠したり外履きをゴミ箱に捨てたり。もちろん悪いことです。けれども、クラスの中にイジメを認めるような空気が存在した場合、「あいつ生意気だから懲らしめてやろうぜ」みたいな空気があった場合、イジメをしても罪悪感が生まれません。みんなやってるし。みんな黙認してるし。みんな同じ気持ちだし。だからこのくらいどうってことない。

やがてイジメが発覚し、虐められていた生徒がどれほど苦しんだかが白日の下にさらされても、こういうイジメ加害者達は、なぜ自分たちが責められなくてはならないのか、理解できません。意思がないところには責任感もありません。ゾンビやロボットには自分が悪いという自覚がない。

反対に言えば、自分が悪であるという自覚があって初めて、人間は人間になるとも言えるかもしれません。罪悪感が人を育てる。ハッピーな成功体験だけが人を作るのではなく。

もちろん、日本人のすべてがゾンビである、といっているわけではありません。他の国にもそういう人はいるかも知れない。人類に共通した宿痾なのかも知れない。日本から出たことのない僕にはそこまでの知識はありませんけど。

反対するべき時に沈黙し、意思を放棄し、流れや空気や権威に盲従してしまうのは、自分が無力だと思っているからです。反対してもどうにもならない、そう思っているからです。世界は変えられない、多勢に無勢、所詮俺なんかゴミだチリだクズなんだ。僕たちに取り憑いているのはそういう無力感です。そして、それが戦争や大量虐殺やイジメや政治腐敗を生み出してきたのではないかと思います。


ここで話を元に戻します。
「少しでも未来を変えようとする2人のように、私も未来について考えてみようと思います。」
こんな感想を生み出すことができた舞台は、もう絶対に大成功だったと思います。人は無力ではありません。世界は「私」によって変えることができる。私たちは傍観者ではない。ましてやただの乗客でもない。

下関中等教育学校演劇部の皆さんに幸あらんことを。

                                                (玉村徹)

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「明日のハナコ」が下関にゆくこと

2024年4月20日(8_18)
どうですか、このチラシのクォリティ。

2024年4月27日(土)。山口県立下関中等教育学校で「明日のハナコ」が上演されるんです。ありがたいことです。演劇部の顧問の先生のお話によると、

高校3年生の自主企画ということで、引退を前にして仲良し2人組が、二人劇をしたい!という思いで台本を選び、上演することとなりました。本校演劇部は光栄なことに今年夏の全国大会に出場することになり、高3にとっては自分たちで好きに脚本を選んで劇をする最後の機会ということで「明日のハナコ」をぜひやりたいと考えたようです。

高校の演劇部から「明日のハナコ」の上演許可を求められたのは、これが初めてです。もともとこの劇の脚本は高校演劇の大会用に書かれたものだし、高校生のみなさんに考えて欲しいことを盛り込んだつもりだし、二人芝居だからキャスト集めも簡単だし、使ってもらっても脚本使用料なんかとらないし、だからもっとあちこちで上演してくれてもいいのになあと思ってたんですけど、なかなかお話がなかった(>o<)。

そりゃお前の書いた脚本がつまらんからだろ、という闇の声は無視することにして(^^ゞ)、先ほどの先生のメールにはこんな続きがありました。

生徒たちも、「明日のハナコ」が封印された出来事に関心を持ち、いつか自分たちで演じてみたい、と考えていたようです。生徒も教員も、表現に関わる者として、また教育の場でこのような公演をさせていただくことの意味を噛みしめながら、本番を迎えたいと思います。

教育の政治的中立性、なんて言葉があります。教育は特定の思想に偏ったものであってはならない。これは理屈としては正しい。かつての忠君愛国思想とか軍国主義がこの国を悲惨な戦争へ導いたこと、そして、そういったものに学校教育が積極的に荷担してきたことを考えれば、政治的中立の重要さもわからないことはありません。

とはいえ。
またまた丸山眞男氏がこんなことを書いています。
「公務員の政治的な中立といったことは、事実は中立という美名の下に、一切の政治的な判断が出来ない、そういう意味では偏頗な公務員を大量に生産するという結果になりやすい。事実、そういうふうになりつつある。自由とか、民主主義とかいう政治的なことには不感症な、ニヒルな官僚が模範的な官僚として推奨される結果になる。いいかえれば、公務員という身分に、人間として市民としての側面がすっかり吸収されてしまう」(「現代文明と政治の動向」1953年)

これ、「公務員」を「教員」に置き換えても通用するんじゃないかな。学校の先生は、政治的関心を持つことが許されていません。そして先生は同僚にも生徒にもそれを許しません。

かつて「明日のハナコ」の封印を解く活動に参加してくれた先生がいました。いい先生でした。でもある日、校長に呼ばれました。そしてこう言われたそうです。「君は、学校を背負っているんだということを忘れないように。大事な生徒に迷惑がかからないように行動してください」この校長、人の脅し方をよく知ってます。それで彼は僕たちの活動から抜けました。

それでも、です。
民主主義社会というのは、政治的な関心なしには成立しません。政治家の思想や行動を監視しそれを投票行動に生かしていかなければなりません。「人は間違うことがある」「だからみんなでよく話し合い、考えていくことが重要だ」というのが民主主義です。表現の自由というのは、その意味で、この国の一番大切な部分になっています。
さてそこで、もう一度、さっきの先生の言葉を繰り返します。

生徒たちも、「明日のハナコ」が封印された出来事に関心を持ち、いつか自分たちで演じてみたい、と考えていたようです。生徒も教員も、表現に関わる者として、また教育の場でこのような公演をさせていただくことの意味を噛みしめながら、本番を迎えたいと思います。

どうでい、
泣けるじゃねえか、なあ、サクラ。(←だれなんだ(^^ゞ))

                             (玉村徹)

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鈴江は書いた。戯曲にした。「明日のハナコ」事件について、なにを感じて、なにを考えたか。それを世に問う。

ニッポン人は。


告知です。

鈴江俊郎は、戯曲を書きました。それは、上演されます。

◆2025年1月24日(金)~26日(日)うずめ劇場第41回公演にて

「ニッポン人は亡命する。

ーーけっして福井県高校演劇祭での「明日のハナコ」事件に取材しているわけではない喜劇――」

(作 鈴江俊郎 演出 ペーター・ゲスナー)

シアターΧ(東京都墨田区両国)提携公演 5ステージ

上演予定です。どうぞお楽しみに!

…………………………………………………

東京だけの公演が今のところ組まれてますが、ほかの大都市でも上演はされるかも、されないかも。今もまだ予定はもしかしたらひろがっていくのかもしれません。

すると、演劇の世界に、またしてもこの問題は一石を投じることになるのに違いありません。演劇の世界を通して、この問題が世界に一石を投じることになることは間違いありません。また詳しい新たな情報がありましたら、告知しますね。

このペーター・ゲスナーさんは、私の桐朋短大での同僚でした。いまもそこで教えてる人です。長らく日本に住んで日本の俳優さんたちと劇をつくっているドイツから来た人です。

私が体験したこの事件の話をファミレスで彼としていたら、「その話をぜひ台本に書いてくれ」ということになったのです。

「けっして事件に取材しているわけではない喜劇」と副題にしていますが、ほんとに果たして取材しているわけではないのか?したのか?……そこは上演を見てのお楽しみ。どうしてこういう副題をつけているのか、そこになんの含みがあるのか、なんの訴えがあってこのタイトルなのか、……それもすべて上演までは謎にしておきましょう。

私は、書きました。それだけは確かです。この事件をどう感じたか、どう考えたか、どうすべきだと思っているか、私が、世界が。当事者が。取り巻く関係者が。そして風化させないぞ、という意地を持っています。ひとりの人権を持つ市民として考え、ひとりの人権をなまみのことがらとしてうけとるおっさんとして感じ、しかし、劇をやってきた人間としては、劇を書くことで考えるという作業をしないわけにはいかない、とゲスナー先生の提案をありがたくうけとったのです。

事件は、福井のことにとどまらないのです。日本全体のことです。そして世界のことです。高校演劇のことにとどまらないのです。演劇のことです。表現のことです。自由のことです。それはひとりひとりの、あなたの生きづらいこの世界のありさまのことです。小さく、狭くこの事件のことだけにこだわる思考ではもうとどまらない、事件がひろがる領域と闇の深さを、私はのぞきこんでいます。そのこと自体が、この作品に現れつくされているというわけです。

またこの劇のことは、このブログにも書きます。

そして、全国の、この「明日のハナコ」上演を企画し、実行してくれた人たちに、これからも続々上演を予定していてくれる仲間たちに、かぎりない連帯のきもちをこめて、情報をとどけます。

よろしくお願いします!


「明日のハナコ」ワークショップ顛末記

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2024年3月16日と17日、劇団「雨とツルギ」によって「明日のハナコ」が上演されました。そして劇団の厚意で、そのあとに「ワークショップ」をさせてもらいました。もともとは「作者のアフタートーク」の予定だったんですが急遽予定を変更しました。

だって、ねえ。
僕がだらだらしゃべっても楽しくないでしょ。せっかくいい劇見たのに、なんでおっさんのつまんねー話を聞かされなきゃならないんだ、って思うでしょ。なんたって僕は「福井農林高校の催眠術師」と異名をとった話術の持ち主だぞ。寝かしつけには自信がある。こらこら。

ワークショップで伝えたかったことの一つは、「明日のハナコ」を巡ってどんなことが起きたのか、ということです。これ、正確なところはあんまり知られてないみたいなんです。もちろん、ここのホームページの記事を読んでたらちゃんとわかるんですよ。でも、
①活字大好き人間のタマムラとスズエがやたらと文章を書きまくっちゃったので記事が膨大なものになって、目を通すのが大変(^^ゞ)。←すまん。
②そもそもこのホームページを訪れる人は多くない。みんなえっくすとかいんすたとかちくたくとかあとはもうオジサンにはよくわかんない媒体の方に流れてるらしい。→しくしく。

というわけで、「明日のハナコ」について、なんとなく知ってる人はいるんだけど、細かいところまで知ってる人は少ないようなんです。たとえば、
「あの劇が封印されたのは差別用語が使われていたからだよーん」
「ケーブルテレビが放映を中止したのは、ケーブルテレビ自身の判断なんですよぅ。そんなひどいこと、学校の先生が言うわけないじゃないですかぁ」
「福井農林高校の演劇部員だってテレビでの放映を望んでないしー」
こういうのをまだ信じている人がいたりするんです。ほんとにもー。

もう一つは、「明日のハナコ」事件の渦中にいて、いろいろわかったこと発見したことがありました。それは僕だけじゃなくて、もっとたくさんの人に関わりのあることでした。それを伝えたいと思った。大きく言っちゃうと、この世界を動かしているものが少しだけ見えた気がしたんです。

というわけで、こんなふうにやりました。題して、「みんなでリーディング上演やっちゃおう作戦」。まず脚本を用意します。「明日のハナコ」を巡って起きた事件を描いた脚本。こんな感じ。


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題して「明日のハナコ年代記」(こういうの書くのは得意なんです。ご希望の方にはおわけしまっせ(^^ゞ))。これを配布して、参加者にキャストを割り振ります。「そんじゃ『ハナコ』やる人ー! セリフはちょっと多いですけど、その分楽しいですよ。役者の誉れですよ!」「次は『委員長』、これは美味しいですよ。存在感アリアリですよ。役者冥利に尽きますよ。どうですか!」こんな感じで配役を決めて、せーのでリーディングするんです。いきなりぶっつけ、でも何とかなっちゃうもんです。

自分でセリフを言うこと、そしてその世界に身を置くことで、深い理解が生まれます。ただ話を聞いているだけではこうはいきません。そういうとき人間は受け身になりますから、退屈でつまらない時間に耐えるだけになる。←オマエの授業がそうだったんじゃあ。すまん(^^ゞ)

そもそも演劇は楽しいもんです。だからそれをたくさんの人に伝えるのはいいことじゃないかと思うんです。表現活動は、ただ聞いたり見たりするだけのものじゃない。自分が表現することの楽しさを、もっと多くの人が知っていいと思います。演劇は難しいものじゃないんです。



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「雨とツルギ」のみなさんがものすごく手際よくサポートしてくれました。あいつらどんだけ成長してんだ。配役もスムーズに進んだし、劇は想像以上に盛り上がりました。


それからワークショップのあと、いくつか僕の考えをお話ししました。それを書いておきます。

2024年3月16日は、奇しくも北陸新幹線が福井県敦賀市まで開通した日でした。にぎやかな式典が行われたり、新しい恐竜像が福井駅に設置されたり、ブルーインパルスが飛んだり、それはそれはにぎやかでした。「100年に一度のチャンス」そんな声があちこちから聞こえてきました。福井県は人口の減少が続いている県だし、毎年若者たちが都会に流出していく県でもあります。私たち福井県民にとって、新幹線は経済発展の大きな機会であり、50年越しの悲願であったわけです。

ところが、今年1月のNHK福井の特集番組の中で、かつて福井県知事をしていた栗田氏がこんな発言をしています。「原発への見返りとして新幹線を作ることは自民党との約束だった」。これがいわゆる「原発カード」です。「原発を作らせてあげる」というカードを切れば新幹線がやってくる、というわけです。この「原発カード」は、そういうものがあるんだろうなあ、と想像はしていましたが、県のエラい人たちは公式には認めていませんでした。そりゃねえ。原発で事故が起きてとんでもないことになるかもしれないけど、新幹線が通ったらお金儲かるからいいじゃん、とはおもてだっては言えませんわねえ。命とお金を秤にかけてるわけだから。とんでもない話です。

でも、もっととんでもないのは、このニュースが福井県ではほとんど話題になっていないことです。誰も驚いていない。誰も怒っていない。だれもこれを非難していない。

「明日のハナコ」の中で、かつての敦賀市長の言葉を引用しました。これ、先生方に「名誉毀損になる」ってめっちゃ非難されたんですけど。
そんなわけで短大は建つわ、高校はできるわ、五〇億円で運動公園はできるわ。そりゃもう棚ぼた式の街作りができる。そのかわり一〇〇年たってカタワが生まれてくるやら、五〇年後に生まれた子供が全部カタワになるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階で原発をおやりになった方がよい」
これもお金と子どもたちを秤にかけている言葉です。でもこれって知事の発言に使われている論理と同じじゃないですか。

もちろん偶然ではありません。
実はこの論理は私たち全体に浸透しているんです。私たちはみんなは命よりもお金を優先させています。悲しいことだけれど、そうしないとここには住めません。大丈夫だ。原発は大丈夫だ。事故なんか起きない。放射能は漏れない。フクシマの事故は大変だったけど、きっとその分、安全対策に気をつけているはずだ。対策しているはずだ。原子力規制委員会の人は賢いから。エラい人たちがすることだから。大丈夫だ。いやむしろ原発はいいものだ。CO2を出さないし。地球温暖化を食い止めることになるし。そうだ原発を作るのはいいことだ・・・そうやって私たちは原発を稼働することを容認しました。関西電力にどれだけ誠意がなくとも、頼みの政治家がパーティ券で脱税するような人たちでも、能登半島地震のような災害が起きたら避難なんか出来はしないということを知っていても、私たちは原発にすがる。お金にすがる。そうしなければ生きていけない。そう思わなければ正気を保てない。

「太子、あなたもおそらくこの事実を認めようとはしないだろう。婆羅門の説く観弥勒上生兜率天経と同じく下生経に描かれる理想郷は人々の心をうばうにじゅうぶんだ。その理想郷のためにあなたがたは何をささげるつもりだ。ちえか。生命か。それとも心か。まだ時間はある。ゆっくり考えたがいい。」(光瀬龍「百億の昼と千億の夜」)

私たちは弱い生き物なのだと思います。弱いから、すぐに自分の命や自分の子どもたちの未来を何かに捧げてしまう。そして、悲惨な犠牲も、政治家の間違いも、みんな忘れてしまう。弱い私たちにはどうしようもないことなんだ。エライ人が決めたことは変えようがないんだ。変えようがないことをいつまでも考え続けるのは苦しい。だから忘れてしまう。スルーする。

私たちを歪めているのは、この、自分たちが無力だという思いです。私たちが戦わなくてはならないのは、この無力感だと思います。

でも、本当に無力なんでしょうか。たとえば演劇はその武器となるはずです。「明日のハナコ」はそれを描いた劇でした。また、「雨とツルギ」のみなさんは劇を作ることで、世界になにがしかの影響を与えています。それは小さな波紋ですが、それでも自分がもう無力でないことを実感させる波紋です。表現することは、暇人の遊びなんではありません。役にも立たないものではありません。表現することは自分を強くすることです。

新幹線は開通しました。それはめでたい。福井県はこれから豊かな県になるのかも知れません。僕もその恩恵を受けるのかも知れません。それはめでたい。また、新幹線を通すために尽力した人たちは素晴らしいことをやり遂げたと思います。それを否定するつもりはありません。
でも、そうであるなら、同じだけの努力を傾注して原発を止めるべきです。原子力に代わる発電方法を、全力で探すべきです。そうして、福井県に住む人々の未来を守るべきです。ほんとうに福井県の発展を願うなら。

けれども、「敦賀から京都まで新幹線を伸ばすために」また原発カードを切るとしたら、まだまだこれからもそうやって県民の安全を犠牲にし続けるなら、そうやって頭を下げ続けるなら、それは間違っていると思います。それは、自分たちが世界を変えることなんかできはしないと思い込んでいるからだと思います。

どうか3月16日という日を忘れないでください。「北陸新幹線の福井までの延伸」と「『明日のハナコ』の上演」という二つの象徴的な事件が起きた日です。覚えていることは力です。忘れることはそれを手放すことです。

それから、僕も劇団を立ち上げました。僕と、僕の仲間達はもはや無力ではありません。どうかみなさんも、みなさんの道を進まれんことを。(あ、うちの劇団は常時劇団員を募集してます(^^ゞ))

                                             (玉村徹)


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プロフィール

「明日のハナコ」上演実行委員会

Author:「明日のハナコ」上演実行委員会
この実行委員会は、
「明日のハナコ」脚本を書いた玉村徹氏
(3月まで福井農林高校演劇部顧問、9月まで同演劇部コーチ)、
劇作家協会言論表現委員の鈴江俊郎氏、
ほか福井県下の高校演劇部顧問の有志が
この顧問会議の決定に問題を感じて結成しました。

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